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グラナダ74、ロスタイムのPKを外し、勝ち星無しが続く。
リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第39節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 46分、ルケ(PK) | グラナダ74 | 1−1 | セルタ・デ・ビーゴ | 81分、ミチュ |
| 主審 | グレゴリオ・ベルナベー・ガルシア (ムルシア協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年5月24日 / エスタディオ・ エスクリバーノ・カスティージャ・ 観衆:3,200人 | |||
| 警告 | グラナダ74 | マルティ・クレスピ、ルケ | ||
| セルタ・デ・ビーゴ | ルベン、ミチュ、レキ、アグス | |||
| 退場 | レキ(警告×2) | |||
既にここまで10試合連続で勝ち星が無く、ホームスタジアム、エスクリバーノ・カスティージャ・デ・モトリルですらも4試合連続引き分け中のグラナダ74。
今節もセルタ・デ・ビーゴに1−1で引き分け、いよいよセグンダBへの降格が現実味を帯びてきた。以前はシウダー・デ・ムルシアという名前で活動していたクラブは、今シーズンから別のクラブを吸収しつつも、ホームスタジアムやホームタウンを変え、さらにはクラブの名前すらも「グラナダ74」と名称をガラリと変えた形でセグンダAの戦いに挑んできたが、シーズン開幕前からのゴタゴタもあり、結局セグンダBへの降格が濃厚となっている。
これは笑って済ませていられる話では、実は、無い。セルタファンなら知っていることだけれど、セルタ・デ・ビーゴというクラブも元を辿ればビーゴにあった二つのクラブが合併してできたクラブ。1923年にレアル・ビーゴ・スポルティングとレアル・クルブ・フォルトゥーナという1900年代初頭のガリシア・サッカー界の二大巨頭とも言える二つのクラブが合併し、レアル・クルブ・セルタ・デ・ビーゴはこの世に誕生した。レアル・ビーゴもフォルトゥーナも当時のガリシア州選手権(現在のコパ・デ・ガリシア)を連覇に次ぐ連覇で席巻していたクラブ。つまり、セルタ・デ・ビーゴとして誕生した時で既にそれなりの実力は兼ね備えていたことになる。
それでも、1928−29シーズンを皮切りに産声を上げたリーガ・ナシオナル・カンペオナート・デ・エスパーニャ、所謂「リーガ・エスパニョーラ」の1部リーグには参加できず、尚且つクラブ内部の内紛により当時のセグンダ・ディビシオンですらプレーすることを許されなかった。さらにガリシア州選手権を幾度も勝ち取ったメンバーをまだ揃えていたにも関わらず、プリメーラ・ディビシオンに初めて参戦したのはリーガ開始から7シーズンが経った1935−36シーズンのことだった。
これが何を意味するのか。
単純なことだが、「僕達」。そう、敢えて「僕達」と呼ぶ「セルタ・デ・ビーゴ」は、決してレアル・マドリーやバルセローナ、アトレティックやラ・レアルのような名門ではない。歴史の中で培ってきた輝かしい拠り所とすべき栄光もない。端的に言えば、何一つ勝ち取ったことのない、「ごく普通の、どこにでもある」クラブその他大勢の一つでしかない。
そんなクラブがここ5シーズンのうち2シーズンをセグンダで過ごし、さらに来シーズンもセグンダA、B、どちらかでプレーすることが決まっている。
ひょっとすると、「1シーズンで昇格すること」を前提にしてこのクラブを追いかけることが間違っているのかもしれない。落ち着いてクラブの歴史を改めて思い出してみると、そんなことも考えたくなる。
スペイン在住時代のビーゴ出身の友人が、今では日本に住んでいるのだけれど、現在のセルタの順位を知って彼は一言「恥さらしな連中だ」と吐き捨てた。
果たしてそうなのかどうか、僕は言い切ることが最近できずにいる。ソシオにまでなったクラブがセグンダに甘んじている状態は決して心地良いものではないし、愉快なものでもない。できればまた力を蓄えてヨーロッパに打って出て欲しいとも思うし、何十年か先になってもクラブ・ワールドカップであの美しい空色のユニフォームと旗が日本にやってくることを夢見てさえいる。それでも、まだまだ僕達には学ぶべきことがあるのだと、思わざるを得ない。
確かに、レキが毎回のように警告を受けて退場するのは恥ずかしいことかもしれない。わざわざレンタルで獲得した選手を昇格の望みが無くなった瞬間に冷遇し、来シーズンの経済的負担を自動的に軽減しようとするような姑息な経営陣は恥知らずな連中だろう。それは誰もがわかっている。
だからこそ、僕達は今シーズンを忘れてはいけないのだと思っている。どこかのクラブを例えに出してしまうと事実に反することも言ってしまいそうだけれど、クラブはファンが育てるものなのだろうと僕は思っている。飽きっぽいファンしかいないクラブは選手やスタッフ、監督までも飽きっぽく安定感が無い。理想主義的なファンしかいないクラブは経営陣や監督、選手ですら現実にそぐわない夢物語や理想論を語りたがる。
「類は友を呼ぶ」ではないけれど、それに似たような現象が、必ずどのクラブにも起こっている。恐らく強豪と呼ばれる所謂ビッグ・クラブは他のクラブとそこが違う。信じるものや背負うものの重さという月並みな言い方になってしまう周囲の事象が、「ビッグ」ではないクラブと決定的に違うのだ。それが、差になる。同じ国、同じリーグの、同じカテゴリーの中でもそれが起こる。
だから、本当に愛するクラブに強くなって欲しいと願うのであれば、まず僕達自身が強くならなければならない。今よりももっと、クラブを強く想わなければならないし、今よりももっと、クラブを強く信じなければならない。今よりももっと、勝利することを強く要求しなければならないし、その要求の理由がより明確で理に適ったものでなければならない。真っ当な要求と真っ当な理由。そして真っ当な愛情と、真っ当な信頼。この4つが完璧に揃った時、恐らく僕達のクラブは真っ当な道を歩み始めるだろう。
相手を想うが故に口ごもってしまうのは男女関係でもよくある話かもしれないけれど、それでは話が前に進まない。
今のセルタは決して真っ当ではない。少なくとも、僕の目には真っ当な姿には映らない。どんなにスポーツ・ディレクターが「既に4人の移籍が決まっている。だが、名前は今は言えない」などと嘯いたとしても、「何故言えないのか」という質問にまともな答えが返ってこないのは決して当たり前のことであってはならない。
だから、もっと僕達は声に出そう。カルロス・モウリーニョとラモン・マルティネス。そして表に出てこない卑怯な役員達。貴方達は今すぐ僕達のクラブから出て行くべきだと。
どうせ会長選挙の実施があり得ない株式会社であるならば、世界中のペーニャで出資を募り、MBOのようなことをしてしまってもいいのではないのか。
これは僕達のクラブなのだ。「彼」や「彼女」らのクラブではなく、ノルウェー、ドイツ、スウェーデン、オランダ、フランス、ベルギー、メキシコ、アルゼンチン、チリ、プエルトリコ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ブラジル、コスタリカ、オーストラリア、そしてここ日本にもいる何万人もの「僕達」の心の拠り所なのだ。不動産事業者の福利厚生のために存在するのではなく、僕達何万人かの精神的な家として存在すべきクラブなのだ。
僕達が生まれる前にこの世を去った延べ何十万人ものソシオ達がそうだったように。僕達が生まれたばかりの頃からバライードスで葉巻を燻らせながらあのデコボコのピッチを見下ろしてきた彼らのように。一度もバライードスのスタンドにすら入ったことが無いにも関わらず、先祖代々ガリシアの家系であるが故にソシオでありペーニャであり続けている彼らのように。
僕もこれから先、幾つになっても付いていくだろう。執念のゴールを決め続けたヴラド・グデリや短気な二人のロシア人、誠実で謙虚なグスタボ・ロペスのような愛すべきキャプテン達が身をもって教えてくれた「セルティスモ」を思いながら。
頑張れ、セルタ。僕達はいつも傍にいる。
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繰り返す者達。
皮肉なものだと思わずにはいられない。
「結局、またこうなってしまった」
そんなことを考えた選手もいたのではないだろうか。
セルヒオ・フェルナンデス(サラゴサ)、ペテル・リュクサン(サラゴサ)、フアン・フランシスコ・ガルシア・”フアンフラン”(サラゴサ)、オスカル・パブロ・カバジェーロ(レバンテ)、フェルナンド・バイアーノ(ムルシア)、パブロ・ガルシア(ムルシア)。
この6人の選手達は、全員がセルタに以前所属していた選手。特にセルヒオ、リュクサン、フアンフラン、カバジェーロの4人はここ20年間の歴史の中で、セルタが最も輝いた時期に輝かしいプレーを披露してヨーロッパにセルタ・デ・ビーゴの名前を広めるのに一役買った選手。
2003-2004シーズンの降格時、セグンダに落ちたチームに残留したのはセルヒオのみ。フアンフラン、カバジェーロ、リュクサンは3人とも残留も視野に入れていたものの、高額な年俸が払えないということを理由に移籍金を置き土産としてチームを去っていった。
バイアーノ、パブロ・ガルシアも昨シーズン降格する前にはUEFAカップへの返り咲きに一役買った。しかし、パブロ・ガルシアはレンタル、バイアーノも「セグンダでプレーすることは難しい」と言い残し、ビーゴの街を去っていった。
ところが、ビクトル・フェルナンデス、アルベール・セラーデスを含めれば実に6名もの元セルタ籍の選手・スタッフを擁していたサラゴサは2002-2003シーズン以来となるセグンダ降格が決定。前段階でビクトル・フェルナンデスも更迭されるなど今シーズンは悲劇的な結末を迎えることになった。リュクサン、フアンフランにしても代表との絡みもあってプリメーラのクラブへの移籍を選択したはずだったが、4年後に再び所属クラブが降格。フアンフランに関しては移籍を繰り返したおかげで代表とも縁遠くなり、結局ワールドカップへの出場は適わないまま、4年のサイクルを経てまたしても選択の時期を迎えている。
こういう巡り合わせというのは本当に不思議なものだ。何かを避けるために選択したことが、結果的には巡り巡って避けようとしたものに結びついてしまう。交通事故とよく似ているかもしれない。交通事故でも前方の事故車両を避けるために車線変更した結果、追突されたりすることがよくある。
彼らは今後どうするつもりなのだろうか。
「あの頃」を良く知っているファンであれば「せっかくならまた…」と思いそうになるが、恐らくそうはならないだろう。彼らもプロ。過ぎたことは過ぎたこととして、覚えてはいるだろうけれど、それが再度進むべき道になるとは限らないことをよくわかっているはずだ。そして、お世辞にも今のセルタに彼らが戻ってきて幸せな結末を共に味わえるとは思えない。
たまに、ドップリとはまっている訳ではないにせよ、リーガ・エスパニョーラが好きだという人と話していると、「そういえば最近セルタの名前を聞かないね。どうしてるの?」などと聞かれることがある。そんな時に現状を話したときの反応はたいていこうだ。
「へぇ〜、けっこう強かったのにね」
そう。確かにそこそこ強かったこともあった。わずか4年間の間だったけれど。ただ、忘れてはいけないのが、その4年間というのは80年のクラブの歴史における「たったの」4年間にしかすぎなかった、ということ。時がたち、もう何年かした時には2000-2001シーズンのアラベスを思い出すように、過去の出来事としてごく稀にコアなファン達の酒の肴として、その会話の中でセルタが語られることになるのかもしれない。
僕達セルタファンの間では、いつでも「現在進行形」で語っていくことではあるのだけれど。
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アントニオ・ロペスの辞任により、セルタのベンチにまたしても変化。
■Menéndez ya ejerce como nuevo técnico del Celta
メネンデス、セルタの新たな指揮官に。
■Michu: "Al nuevo míster le gusta tener la pelota y atacar"
ミチュ:「新監督はボールを保持し、攻撃を好む」
■Sales y su récord: tres técnicos en cuatro meses
サレス、4ヶ月間で4人の監督という自身の記録を達成。
■Hinchas célticos fuerzan una reunión con el técnico y los capitanes
セルタファン、監督とキャプテン達との会合を「強行」
並べるのもウンザリするし、いちいちこんな内容の話を日本語に変換して考えることすらバカらしい。レアル・ソシエダに引き分け、ほぼ完全に昇格の望みが無くなってからの1ヶ月間、個人的に引越しをしたりその後処理などに追われていたこともありブログの更新をしていなかったけれど、引越しは二次的な理由であって、最も大きな理由は「この状態でどういうことをクラブがし始めるかおとなしく見てみよう」という考えにあった。
34節のエルクレス戦こそ勝利したものの、その後の3連敗でセグンダBへの降格圏まであと5ポイントというところまで落ち込み、もはや来シーズンの移籍だとか新監督だとか以前にクラブとして存続が可能か否か、という議論を先にするべきではないのかというような状況になっていたセルタ。
挙句の果てに「来シーズンのことを考えて」監督に就任したはずのアントニオ・ロペスはセビージャ・アトレティコにわずか500人の観客の前で無様に敗北した後で辞任。後任にはセルタBで指揮をとるアレハンドロ・メネンデスが就任した。タイトルリンクにもある通り、今シーズンに入ってからトップチームに昇格したカンテラ上がりの選手、特にミチュにとっては恩師のような存在であり、お互いに良く知っている間柄なので書いたとおりの気楽なコメントが出せるのだろうが、見ているこちらとしてはたまったものではない。
2003−2004シーズン、チャンピオンズ・リーグに出場して決勝トーナメントまで行きながらあっさりと降格してみせたあの年の最後はサエス-カルネーロというセルタBの監督・コーチコンビの緊急スクランブル体制だった。いくらこんな時期で監督のなり手がいないからといってまた同じことを繰り返すのかと不安になっても文句は言われないだろう。というより、こういう不安を仮にクラブが耳にしたとして、それに対してクラブが不満に思うなどということがあるのであれば、それこそお門違いというものだ。
滑稽なことに、今シーズンの、というより今の経営陣がいかに無能なのかということを僕がこの1週間で痛烈に再認識した理由は、38節の大勝だった。
勝ったのはいい。勝利したことは評価しよう。たとえセグンダBに落ちたところで僕はセルタのファンをやめるなどと言うつもりは毛頭無いし、テルセーラに落ちてもレヒオナルに落ちて株式公開できなくなったとしてもファンでいるだろう。
けれど、それと今の経営陣を支持するしないについては別問題だ。バレンシア系のブログやサイト、ニュースなどを見ているとメスタージャのファンやウルトラの傍若無人、且つ支離滅裂で恥知らず、さらに矛盾に満ちた行動のあれこれを知ることができるけれど、幸いにしてビーゴのファンはそこまで酷くはない。
ただ幸か不幸か、バレンシアの…というより「メスタージャの」ヨムスほど影響力を持ったペーニャ、ウルトラのグループがおらず、それが結果的に現経営陣を退陣させられない一つの要因にもなっている。
トリブーナのソシオ連中は半数が爺さんだし、リオ・アルトやリオ・バホのソシオ達は大抵が冷静な若者達。プレフェレンシアは家族連れやカップルがほとんどで、マルカドールに至っては中高生のたまり場のようなものだ。
それでも、彼らのブーイングの矛先や批判の対象、即時辞任を求める相手はブレていない。グスタボ・ロペスに理不尽なブーイングを浴びせるのではなく、ピッチの選手を批判することもない。相手は常に経営陣、そして会長とSDだ。
ラモン・マルティネスは「今のチームの現状を招いた原因が首脳陣にあるとは思っていない」などという漫才のボケにもならないコメントを発しているが、彼は現実を直視することのできない究極の理想主義者か、もしくは白昼夢にどっぷりと浸かった夢遊病者みたいなものなのだろう。
一つだけハッキリしたことは、レンタル組の選手を適材適所という言葉が表すように配置して然るべき指示を与えた場合、カディス戦のようなゲームを続けることは十分に可能だったということだろう。
ディエゴ・コスタ、クインシー。この二人をなぜ不可解な扱いに処したのか、是非首脳陣には問いただしてみたいが、10中8,9の確率でまともな返答は無いだろうから問いただす労力の無駄になる。
今はただ、セグンダBに落ちることなくシーズンが終わればもうけもの、というように思っていたほうが精神衛生上いいのかもしれない。
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セルタ、「ある手」によってついに反撃。
リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第38節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 32分、ペレーラ 36分、クインシー 61分、ペレーラ 72分、クインシー 91分、ホルヘ(PK) | セルタ・デ・ビーゴ | 5−2 | カディス | 66分、ダニ 90分、ダニ |
| 主審 | テイシェイラ・ビティエネス (カンタブリア協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年5月18日 / エスタディオ・ムニシパル・デ・バライードス 観衆:8700人 | |||
| 警告 | セルタ・デ・ビーゴ | ミチュ、ビトーロ、ロサーダ | ||
| カディス | フレウルキン、セサル・カネーダ、エンリケ ラウール・ロペス | |||
| 退場 | 無し | |||
時、既に遅し。
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リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第34節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 13分、オッカス | セルタ・デ・ビーゴ | 1−0 | エルクレス | 41分、ディアス・デ・セリオ |
| 主審 | ペレス・モンテーロ (アンダルシア協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年4月19日 / エスタディオ・ムニシパル・デ・バライードス 観衆:4000人 | |||
| 警告 | セルタ・デ・ビーゴ | アグス、ロサーダ | ||
| エルクレス | フアンマ | |||
| 退場 | 無し | |||
リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第35節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 82分、マイラータ 87分、ミク | ジムナスティック | 2−1 | セルタ・デ・ビーゴ | 74分、ヌニェス |
| 主審 | ペレス・リマ (カナリアス協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年4月26日 / ノウ・エスタディ・デ・タラゴーナ 観衆:7000人 | |||
| 警告 | ジムナスティック | ミンゴ、マイラータ | ||
| セルタ・デ・・ビーゴ | ホルヘ、オッカス | |||
| 退場 | 無し | |||
リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第36節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 27分、カノッビオ(PK) | セルタ・デ・ビーゴ | 1−2 | マラガ | 64分、エイセウ 69分、イバン・ロサード |
| 主審 | デル・セロ・グランデ (マドリー協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年5月4日 / エスタディオ・ムニシパル・デ・バライードス 観衆:6108人 | |||
| 警告 | セルタ・デ・ビーゴ | ルベン、ルーカス | ||
| マラガ | イバン・ロサード、シルバ、エイセウ | |||
| 退場 | 無し | |||
リーガ・エスパニョーラ(セグンダ・ディビシオンA)第37節 | ||||
| 得点者 | ホーム | スコア | アウェー | 得点者 |
| 26分、アルメンテーロス 73分、アルメンテーロス | セビージャAt | 2−1 | セルタ・デ・ビーゴ | 88分、ペレーラ |
| 主審 | マルティネス・フランコ (ムルシア協会) | |||
| 日時/スタジアム/観衆 | 2008年5月10日 / ラモン・サンチェス・ピスフアン 観衆:500人 | |||
| 警告 | セビージャAt | ホナタン、フアン・パブロ | ||
| セルタ・デ・ビーゴ | アグス、ビトーロ | |||
| 退場 | 無し | |||
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