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セルタ・デ・ビーゴとリーガ・エスパニョーラ、スペインのことについて書き連ねているブログ。
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岡田代表監督誕生…?
2007年11月28日 (水) 23:36 | 編集

 ■12・7岡田日本誕生へ 再び日本救う

 うーむ…。一体全体、なぜ岡田なのか。

 これがワールドカップ直後とかのタイミングであればわからないではないのだけれど、オシムの路線を継続するというのであれば、”岡田ではないだろう”というのが個人的な感想。では誰が?と突っ込まれると微妙なところだけれど、別にユーゴ系の監督である必要は全くないわけだから、似たようなチーム作りができそうな監督を据えるべき、ということになる。

 ある程度知名度と実績のある監督で現在無職の人材はけっこういるわけだから、当たってみれば意外と引き受けてくれる「え!あの人が?」という人物はいるんじゃなかろうか。

 毛色は違ってもそこそこオシムの目指していたようなサッカーと似た感じのことを実践して結果を出した監督、ということであればスペインのビセンテ・デル・ボスケが無職だ。まあ、無職とは言ってもラジオやテレビ、それに新聞のコラム執筆なんかもやっているから別にプータローなわけではないけれど。

 「マドリーのタレントと日本を一緒にするな」と言われればそれまでだろうけれど、それはオシムにも言えることで、日本にはストイコヴィッチもサヴィチェヴィッチもプロシネツキもいないけれど、ある程度の形はこの1年半で作られてきた。今ある材料で最高の結果を出せ、と言われればデル・ボスケであればせめて予選突破くらいはやってくれそうな気はするんだが…。
 スペインで言えばホセ・アントニオ・カマーチョも今のところフリーじゃなかろうか。カマーチョの場合はいささか柔軟性には欠けるかも知れないけれど、彼は「真面目な」選手が好きだし、その点では日本人選手のことは気に入るかもしれない。まあ、スペイン人を監督にしようと思ったらまず彼らのアジアに対する偏見を取り除くところから始めなければいけないから大変だろうし、そもそもイベリア半島からなかなか出ない連中だから、そこも難しいかもしれないけれど。

 ただ、何も無理矢理外から連れてくる必要も無いと思うし、オシム本人の意識も回復傾向にあるわけだから、意識が戻って会話ができる状態になってから相談するということも可能性としてなかったわけではないのか? そうでなかったとしても、一番疑問なのは「反町、大熊は何のためにベンチに入っていたのか」ということになる。

 U-22代表監督専任になるまでは反町監督だってA代表コーチだったし、U-20監督だった大熊監督をA代表コーチにしたのはそもそもオシムが「日本人の指導者が経験を積まなければ意味がない」と言っていたからじゃなかったか? であるならば、反町-大熊の2頭体制で予選に臨むくらいのことはしてもよかったんじゃないかと僕は思うのだけれど…。

 岡田監督がオシムと同じサッカーをできるわけはないし(能力的にではなくて別の個人であることから)、そもそもここから岡田式サッカーをチームに植えつけるには時間が足りないんじゃないのか? だったらある程度オシムが何を考えているのか、この1年半じっくりと傍で見てきた人物を暫定的に監督に据えるほうがよほど納得がいくというものなのだけれど、日本サッカー協会が何を考えているのかイマイチよくわからない。

 小野技術委員長は「岡田さんしかいないと思った」と語ったそうだけれど、穿った見方をしてしまうと実は「知っているのが岡田さんしかいなかった」とかそういうことじゃなあるまいな、と思ってしまう。あとは「フランスの借りを今度こそ一緒に返してやろう!」とか個人的な感情から選んだとか…。まあ、このあたりは多少大げさな言い方になるかもしれないけれど、この人選を見るとそう言われても反論した場合にあまり説得力がない。

 岡田監督が正式に就任会見を開いたわけではないにしろ、他の候補者とは接触していないと協会が言っているのだから多分すぐ正式に発表されるのだろう。彼がどういうコンセプトでチームを作るつもりなのかまだ何もわからないけれど、一からチームを作り直すようなことをするつもりなら、あと2~3年は日本代表にドイツ大会以上の期待は持てないだろうなあ。それ以上の結果を出したら、別の意味で驚きと賞賛が沸き起こるだろうなあ。

 果たしてどうなることやら。先行きが思いやられる。

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オシム監督入院に関して思うこと。
2007年11月17日 (土) 12:00 | 編集

 ■オシム監督は意識なく、依然予断許さず

 イビツァ・オシム監督が急性脳梗塞で倒れ、ICUに入ってからそろそろ48時間近くが経過したことになるのだろうか。

 当然のことながら、オシム監督の回復を祈るばかりで、今後の代表の日程や指揮命令系統といったことよりも一人の人間としてのイビツァ・オシム氏が一命を取り留めることを願ってやまない。

 こういう時の家族の心境は酷く不安定になるもの。その中でプロとして練習に姿を現したアマル・オシム監督は凄いと僕は思う。

 家族の意向で細かい経過などの報告はメディアに対して行われないようなので、今後もファンとしては日本サッカー協会から発表される新たな事実を待つしかないのだろう。

 家族が日本での救急車の呼び方を知らなかったというのも驚きだが、実際に呼んだのがフランス経由だったというのがもっと驚きだ。協会もそうだが、オシムを招聘した千葉のスタッフも、警察や救急車、消防の呼び方くらい教えなかったのだろうか。

 いや、何も教えていなかったとしても、「だから千葉が悪い」などと言うつもりは毛頭ないのだけれど、単純に不思議なのは確かだ。

 初めて僕がスペインに行った時、まず調べたのは緊急時にどこへ連絡すればいいのかだった。ちなみに、スペインでは112という番号に電話すると警察・救急車・消防の全ての手配を行えることになっている。
 聞いているだけのことでしかないにしろ、あの熾烈なユーゴスラヴィアを生き延びた彼らがそういった事柄を調べようともせず、その結果として救急車の呼び方を知らなかったのだとすれば、それはそれで個人的にとても不思議なことだと思うのだけれど…。

 サッカー選手のピッチ上での死。ウルトラと警察との衝突。ウルトラ同士の殺人事件。こういったセンセーショナルな事件や事故を報じても、全て結果だけだった日本のマスコミも、今回ばかりは自国の代表監督の出来事だけあってつぶさに経過を報じようとしている。
 恐らく、8月のスペインもこんな感じだったのだろう。

 MARCAのインターネット版でも国際面にオシム入院のニュースが載っていたが、ロイターの配信をそのまま載せているものらしく、内容は日本国内のニュースと全く同じ。

 オシム氏の一刻も早い回復を祈るばかりだ。

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4231
2007年07月29日 (日) 23:44 | 編集

 ■韓国戦後 オシム監督会見

 あまりこのブログでは触れてこなかったのだけれど、ちょっと珍しく日本代表のことに触れてみようかと思う。

 ご存知の通り、日本は3位決定戦で韓国にPK戦で敗れ、アジアカップでは4位に終わった。ただ、4位だからといってその結果がどうこうという話ではないと僕は思っている。正面切った勝負では負けなかったことはイビツァ・オシム監督のコメントを読むまでも無く明らかだからだ。

 苦戦したという印象のあるオーストラリア戦にしても同点の末にPK戦まで持ち込んで粘り勝ちしたという形だし、サウジアラビア戦ではオシム監督の言うようにただ単純に運が悪かったとしか言いようがない。3点目を喰らったシーンをよく見てみると、確かに阿部も中澤も振り切られかけてシュートを撃たれてはいるけれど、中に切れ込ませるまではさせていないし、シュートコースはしっかりと限定させている。おまけに川口もシュートコースには入っているし、たまたま伸びた両手の間をボールが抜けていってしまっただけだ。人間の体の構造上、あの位置を何かが通り抜けようとして止められる人間はそうはいないだろう。ウソだと思うなら正面から自分の頭の真上を通るような形で誰かにモノを投げてもらえば分かる。

 敢えて戦犯を探すことは今の段階の代表チームにとってさほど意味があることだとは思わない。マスコミはあれこれ言うだろうけれど、正直な印象として今の日本のスポーツジャーナリズム(を名乗る勢力)が、知識や方法論でオシム以上のものを持っているとは思えないから、極端な話、彼らが言うようなことは言い出す前からオシムには織り込み済みなのかもしれないとさえ思えることがある。

 僕が今回のアジアカップを見ていて気になったのは、カタール戦と最後の韓国戦で採用された4-2-3-1フォーメーションだ。

 4-2-3-1はスペインで比較的一般的に使われているシステムで、1部リーグではほぼ全てと言っていいくらい、このシステムでゲームに臨んでいる。バルセローナのシステムはよく4-3-3と紹介されたりはするけれど、役割が4-3-3「的」なだけで、実質の動きとしては4-2-3-1のままだと僕は思っている。

 日本でまともに4-2-3-1を導入して使いこなせているクラブがここまであったかと言うと、正直に言えば「無い」ということになる。辛うじて2003、そして2004シーズンのFC東京がそれに当たるかもしれない。2004シーズンの東京は一応リーグカップ優勝という結果を出しているから、機能したと言えなくも無いが…。

 ただし、うまく使いこなせていないだけで、ハマればこれほど日本に適したシステムは無いのではないかとも思うのは事実だ。その意味で僕が最も印象に残っているのはカタール戦と韓国戦だった。オシムがそのシステムを初戦と最終戦に持ってきたのはそういう意味合いもあったのかもしれないと勝手に想像しているのだけれど、記者会見では誰もそのあたりのことを突っ込んでいないので答えは知る由も無い。

 今回の日本代表でこの4-2-3-1が上手く機能しなかったが故に勝てなかった理由としては、スペイン語で言うところのメディオ・セントロ(センターハーフ)とピボーテ(ボランチ)、そしてトップ下と言うべきメディア・プンタがシステム上の役割を果たしていなかったからだと僕は思う。

 自分が良く知っている4-2-3-1はセルタのものになるので、例に出そう。今回の日本代表に最も近かったフォーメーションとしては以下のようなものになるはずだ。
                         
                     カターニャ

    グスタボ・ロペス       モストヴォイ     カルピン

                リュクサン
                        ジョバネーラ

     フアンフラン      カセレス   ベリッソ    ベラスコ

                     カバジェーロ

 カタール戦、韓国戦の日本代表メンバーをそっくりそのままそれぞれのポジションに当てはめてみて欲しい。カルピンとモストヴォイ、リュクサンのところ意外は概ね似たような能力を持った選手達であることが分かるだろう(多少言い過ぎの感はあるけれど…)。

 分かりにくかったら、モストヴォイを中村俊輔、カルピンを遠藤保仁、リュクサンを中村憲剛だと思ってもらえばいい。
 このフォーメーションでキモになるのはモストヴォイとリュクサンとの関係性だ。誰が見てもセルタの中で最も気をつけるべきなのはモストヴォイで、彼をどう抑えるかがカギになっていた。ただし、当時のビクトル・フェルナンデス監督もその後のミゲル・アンヘル・ロティーナ監督も、モストヴォイのサポート役兼第二ゲームメイカーとしてリュクサンやマケレレ、マジーニョといった選手を置いていた。前線を抑えられるのが分かりきっているのだから保険をかけるのは当たり前とでも言いたげに。

 今回の日本代表で言えば、その保険の役割をするべきなのが中村憲剛だったのだけれど、残念ながらそこまでのことができていたとは言いがたい。セルタの場合はリュクサン、マケレレ、マジーニョはスタイルの違いはあるけれど常に2列目の真下(2.5列目とでも言うのか?)にいて、メディア・プンタの位置にいる選手が苦しくなったり、ボールをキープした時には迷い無く飛び出していってペナルティ・エリアに飛び込むなり、ミドルシュートをさかんに撃っていた。なぜそれができたのかといえば、そのさらに後ろにはジョバネーラのような潰し屋(今回の日本で言えば鈴木啓太)がいて、カウンターのピンチを遅らせるか潰すかのどちらかを的確にこなしていたからだ。その意味で言えば、今回の代表における鈴木啓太はほぼ満点に近いできだったと評価してもいいと僕は思う。そもそも求められている役割がシュートやパスではなかったのだとすれば、延長の終盤でミドルシュートを外したことを責められるのは筋違いというものだろう。

 セルタでのモストヴォイとカルピンにあたる中村俊輔と遠藤保仁に関しては、物足りなかったというほかはないかもしれない。今回の代表のように左サイドにどちらかが偏ることはあっても、そこで攻撃が停滞するようなことは滅多になかった。なぜかといえば、モストヴォイが左に偏った場合、必ず中央から右寄りにカルピンが位置してポジション取りをしていて、二人の間に三角形を作るような形で必ずリュクサン、マケレレ、マジーニョがフォローしていたからだ。

 残念なことに今回の代表でグスタボ・ロペスの役割を求められていた山岸にはそこまでスキルはなかったかもしれないけれど、両中村の距離が離れていて、中村俊輔と遠藤の距離が近すぎる上に左サイドで密集が起こってしまえば山岸がいくら走ろうともボールは出てこない。スペースが無さ過ぎて走っても意味が無いからだ。ただし、そこで左サイドバックが上がってきてフォローするなら話は別だし、さらにその時に右サイドバックか、同サイドのセンターバックがフォローするならもっと別だ。

 ここまで言えばもう十分だろう。つまり、4-2-3-1を十分に機能させようと思ったら選手全員の連動性とチームの動き方に対する共通理解が必要だということだ。そして、それができるのであれば強烈な所謂センターフォワードはいなくても構わない。いればいたでそれに越したことは無いけれど、カターニャのような純粋なセンターフォワードではない選手しかいなくてもセルタはマドリーやバルセローナに勝ったし、UEFAカップでは毎年準々決勝あたりまでは勝ち進んでいた。

 だから、今回の日本代表のやろうとしていたことには全く間違いは無かったと思う。ただ、中村俊輔、遠藤保仁、中村憲剛の動きの質があまり良くなく、動きの量が足りず、どこかで「彼らが何とかしてくれる」という責任の擦り付けがあっただけだと思う。中村俊輔と遠藤が適切な距離感を保ち、そこに対して中村憲剛が何をすべきかしっかりと理解してくれさえすれば、恐らく山岸はもっと活き活きと左サイドを切り裂いただろうし、そこから高原へ入るボールも増えたはずだと思う。もっと言えば加地や駒野がもう少し自己主張してくれれば、あんなに密集したプレーをせずに済んだだろう。

 極端な話、そこを修正して選手に理解させることができる時間があるのであれば、もう一度同じメンバーで試合をやってみる価値はあると思う。と言っても恐らくそれは無いだろう。左サイドか右サイド、もしくはメディオ・セントロの位置にいた中村憲剛あたりが次回は代わる可能性はあると思う。

 ということで、次回の親善試合にどのようなメンバーが選ばれてシステムを何で行こうとするのか、そこが今から楽しみではある。

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戦術論
2001年06月11日 (月) 21:42 | 編集
 昨日の日曜日、横浜までFIFAコンフェデレーションズ・カップの決勝戦日本対フランスの試合を見に行った。結果は周知のとおり0-1でフランスの勝利。「川口が飛び出したところをディフェンスラインを飛び越えてきたヴィエイラに頭で決めた」ゴールでワールドカップとヨーロッパ選手権の連続制覇という滅多にない快挙をやってのけて飛ぶ鳥を落とす勢いのフランスがこのトーナメントを見事勝ち取った。

 「戦術」とか「システム」とかいう観点から見ると4-2-3-1のフランス対3-5-2の日本、いや、「フラット3」とやらの日本という対戦だったわけだが、この「フラット3」の日本には随分前から賛否両論がある。3月にフランスはサン・ドゥニでやった試合で同じパターンのシステムにおいて、5-0というスペインリーグでも見ているようなスコアで敗れた時には「サイド攻撃ができない、サイドの守備が弱い」とさんざんこっぴどく叩かれてこの世の終わりのような論調だった日本も、今回のコンフェデレーションズ・カップにおける戦いぶりを見ている間はあまりそういった声は聞かれなかったような気がしないでもない。なぜだか知らないが日本には「日本代表大嫌い」人間と「日本代表命」人間がいる。かく言うこのワタクシは「別にどうでもいいけど勝てばそれなりに喜んだりしちゃったりして」人間だったりするのだが、この際この種の人間には触れない。

 大嫌いな人達はサイドが使えずにそこを疲れると弱いことを引き合いに出してメタクソに日本代表をこき下ろし、逆に応援している人達は今までの戦跡、つまりは結果を引き合いに出し、メリットをあげ連ねて代表とフィリップ・トゥルシエを擁護する。そこには当然選手個人の批評、というか批判と賞賛も含まれているわけだが、話題になるのはディフェンス・ラインの中央に位置取る選手と二人のストッパー、そして中田英寿のポジションに関することばかりになることが多いような気がする。たまにFWの話題も出るが話題の中心は前述の二つが圧倒的に多いのは確かであろう。
 
 突然だが、個人的には「フラット3」なるシステムは幻だと思うのである。名前だけ聞くと「3人でやるライン・ディフェンス」というイメージだけが先行するが、どこを見たってバカみたいに一列に並んでやるディフェンスなどはないわけであって、そもそも守備的にDFを5人並べることがあってもオフサイドを獲ろうと思ったら必然的に何人DFがいようがラインを整えることになるではないか。 
 
 まあ、それはともかくとして、つまりシステム云々を論議するのはそれほど意味のあることではないような気がしてきたということが言いたいわけである。無駄ということではない。チーム作りにおいてある程度の約束事は必要だしその際にはシステムも重要な役割を果たすことはわかっている。最近の話を聞いているとどうも「システムありき」にベクトルが傾きすぎていないか、ということが言いたいわけである。コンフェデレーションズ・カップ決勝の日の夜、テレビでバリャドリー対バルセローナの試合を見た。結果は2-2の引き分けだったわけだが、どちらのチームもディフェンスの作り方は3人のディフェンダーを中心としていたことで非常に興味をそそられた。バリャドリーの場合、攻められている場合にはガルシア・カルボ、マルコス、トーレス・ゴメス、ハインツェ、ペーニャという5人が中心になってディフェンスラインを形成するわけだが、やり方に違いこそあれ、乱暴な言い方をすれば日本代表とやっているサッカーに大差はないであろう。ところが、である。常識的な見方をすればバルセローナに押し込まれてあっぷあっぷになるはずのバリャドリーは攻撃に移るとマルコス、トーレス・ゴメスの両サイドが突破を試みて、決定的とはいかないまでも攻撃の起点になっていることが多かった。バルセローナの両サイドを破ってのプレーというのは確かに少なかったものの、それでも結果を見ればわかる通りバリャドリーは2ゴールを奪っているのである。これだけを見ると3バックのチームはサイド攻撃ができない上に両サイドの守備が弱い、という見方は間違ってこそいないものの、絶対的に正しいとも言い切れない。
 
 攻守のタイミングと全体的なバランスさえ整えればフォーメーションがどうあろうとサイド攻撃はできるし相手のサイド攻撃も防ぎようがあるということにならないだろうか。この日のバルセローナには後半途中までマルク・オーフェルマルスとボーデヴィン・ゼンデンという両ウイングがいなかった影響もあるのだろうが、オーフェルマルスが叩き込んだバルサの同点ゴールもサイド攻撃によるものではなく、中央のリバウドが出したパスに走りこんだオーフェルマルスが蹴りこんだものである。試合を通して両チーム共にサイドを崩された場面というのはあまりなかったように思われる。中盤や最終ラインでのパス回しにしても闇雲に回すわけではなく、相手が飛び込んでくる、ボールを獲りに来るそのタイミングを見計らって微妙な場所を通して狭いスペースを上手く使いながらジリジリと全体のラインを押し上げていっていた。解説の金子達仁氏も言っていたが、結局のところこういうものは集中力と冷静さによるところが最も大きいのではないだろうか。精神論とは違うが、あれだけクラブの規模や選手の技量に差がある両チームでも、バリャドリーはバルサ相手に恐れずにチャレンジしているからこそゴールが生まれているわけであり、常にチーム全体のバランスが選手全員の頭に入っているからこそディフェンスが大崩れすることがないのでは、という気がする。クラブチームと代表チームの場合はチーム作りに差があるから一概には言えないが、試合の後に盛り上がりを見せる戦術論議を聞いたり見たりしていると、どうも話の論点がずれているような気がしてくる今日この頃である。
    

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