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セルタ・デ・ビーゴとリーガ・エスパニョーラ、スペインのことについて書き連ねているブログ。
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例によって例の如く。
2003年06月25日 (水) 21:52 | 編集
 昨年はロナウドだった。今年はデイヴィッド・ベッカムである・・・だけではなく、来シーズンはフェルナンド・イエロがいなくなる。加えて言うならビセンテ・デル・ボスケも。

 フロレンティーノ・ペレスが会長に就任してからのレアル・マドリーは加速度的に「ブランド化」が進んでいる。グッチやアルマーニ、ルイ・ヴィトンのように、「レアル・マドリー」という名前が商品になりつつある。いや、突き詰めて言ってしまえば大昔からそうだったのかもしれないが、かつては現在ほどそれが際立っていなかったというのが正しいのかもしれない。
 僕がスペインへ留学した年。それはちょうどフロレンティーノ・ペレスが会長に就任した直後のことだった。スペインへの出発直前、スペイン代表は欧州選手権で敗れ去り、その少し後、ルイス・フィーゴのレアル・マドリー移籍が決まった。数ヶ月がたち、僕はひょんなことからサンティアゴ・ベルナベウでラス・パルマスとのリーグ戦を見に行ったことがある。驚いた。チケット価格のあまりの高さに、である。もともとスペインはヨーロッパで最もチケット価格の高い国ではあったが、少なくとも僕が初めてスペインに行った1999年の時点ではレアル・マドリーのチケットととはいえ、せいぜい5000ペセタ(当時のレートで3500円程度)も払えばサイド側の満足行く席が手に入ったものだった。前の年に5000ペセタで買えた同じ席が7500ペセタ。たかだが2000ペセタの値上がりではないか、と言われるかもしれない。しかし、2000ペセタもあれば自宅に住んでいる者ならやり方によっては1週間過ごせる金額である。そしてスペインリーグのチケットはホームチームの順位、そして対戦相手の順位が影響して値段が変動する。当時一部に上がってきたばかりで順位も10位にすら満たなかったラス・パルマス相手に7500ペセタ。何を考えているのかと頭の上に「?」マークが踊ったことを今でも覚えている。それでも、当時はまだ可愛げがあった。その頃のレアル・マドリーのスターティング・メンバーはカシージャス、イエロ、カランカ、ロベルト・カルロス、ミチェル・サルガード、マケレレ、フラヴィオ・コンセイソン、フィーゴ、ソラーリ、ラウール、モリエンテス、それいグティを織り交ぜた中から試合ごとに多少の変更がある程度だった。ジダンもいなければロナウドもいない。元から強かったチームに強力な選手が一人入った、程度のことだったわけである。
 今ではどうだ。改めて書く必要もないくらいスペインリーグに多少詳しい人間ならレアル・マドリーのスタメンくらい諳んじて言える。もっとも、今回ベッカムを獲得しようが、はたまた翌年に今度はデル・ピエーロやヴィエリを連れてこようが、それについては何ら批判する気もない。「勝手にしてくれ」というところである。スター選手をかき集めたところで毎試合確実に100%勝利を手に出来るわけではないということは既に今シーズン幾多のクラブが証明しているのだし、多少レアル・マドリーに勝利を収めることが難しくなるであろうとはいえ、それでセルタが何かとんでもない不都合を被るわけでもない。ただ思うのは、トップのやり方や考え方、それに伴う人事によっては組織というのはかくも短期間で変わるものか、ということだけである。

 ところで、セルタ・デ・ビーゴとアレクサンデル・モストヴォイの契約は結局解決を見ないままモストヴォイがバカンスに旅立ってしまったおかげで宙ぶらりんのままになっている。新聞紙上ではクラブと本人の合意はほぼ成されていて、後は本人のサインを待つばかり、ということではあったのだが、結局本人は「これが選手生活で最後の契約になるだろうから、少しじっくり考えてから結論を出したい。別に契約を締結するのにビーゴにいる必要性はないのだから、自分がどこにいたって問題はない」というコメントとともにペイナドール空港から機上の人となった。15日後には結論が出るらしいが、はたしてどうなるのか。金髪の英国人選手などより、私としてはよっぽどこちらのほうが気がかりなわけである。両者の言い分はどちらももっともなだけに、ファンとしては「こっちが正しい」とは言いにくい状況であることは確かだ。以前よりもモストヴォイへの依存度が低くなり、事実試合を通じてプレーの質を保つという点では既にモストヴォイには衰えがある。3年前や2年前のゲームのビデオを見てみればそれは明らかなことだ。しかし、である。終盤のレアル・マドリー戦やチャンピオンズ・リーグ出場圏内を確定させたレアル・ソシエダ戦はモストヴォイがいなかったら勝ち点を得ることすら難しかったのではないかと思わせるような動きを彼は見せている。「ここぞ」というときの動きについては依然セルタにモストヴォイを超える選手はいない。

 ヘスーリ、エドゥー、残る残らないは別にしてミド。ミドはともかくとして、ヘスーリとエドゥーに関してはここにきてようやく芽を出し始めてくれた、という感じさえする。金をケチってモストヴォイに1年契約を提示したわけではないということは、やや減俸したとはいえ、3年契約をグスタボ・ロペスに提示したことからも明らかだ。年々衰えていくモストヴォイをあと数年抱えるよりも、彼の後を任せることの出来る新しい力を見つけたい。しかしだからといってこのまま彼を黙って去らせることができるほど、戦力が充実しているわけでもない。モストヴォイとの契約は前回の時も交渉が長引いたが、今回は趣がやや異なっている。一応手駒として持っていたい。本人はセルタで引退したい。思惑は大筋では同じベクトルを向いているものの、やや次元が違うレベルで話は進んでいる。

 クラブ創立から80年を数え、セルタは初めてチャンピオンズ・リーグというヨーロッパクラブシーンでは最高峰のトーナメント(の予備選)への出場を決めた。ここで結果を出し、あるいはある程度勝ち進み、資金的な余裕を作ればセルタ・デ・ビーゴはもう一段階上の戦いを目指すことも出来る。そのために・・・。

 切り捨てるべきものは何か。
 新たに付け加えるべきものは何か。
 そして、手元に残しておくべきものは何なのか。

 オラシオ・ゴメス、アルフレード・ロドリゲス、フェリクス・カルネーロといったクラブ首脳陣は、恐らく今、冷静ながらも極限の精神状態で悩み続けているに違いない。
 フロレンティーノ・ペレス、エミリオ・ブトラゲーニョ、ホルヘ・バルダーノらは迷うことなく、自分達の判断を信じ、決断を下してきた。

 偉大な作曲家が世に送り出し、100年の時を経ても人々に愛され続けるオペラは名前のみで生きていける。そこに素晴らしい主役を配することができた時、その舞台は伝説として語り継がれていく。

 レアル・マドリーという名のオペラは今後も名前だけで語り継がれていく。

 セルタ・デ・ビーゴという名の地方楽団は、伝統ある演奏会にどんな服装をしていけばいいのか、まだ迷っている最中のようである。
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4年経って。
2003年06月23日 (月) 21:49 | 編集
 じゃあ、これまで何だったんだ、と言われると困る。今までこのブログを更新していなかった理由についての話である。最後にこの文章を書いたのが2001年の7月16日。実に2年近く更新していない。端的に言うと、2000年から2001年にかけて僕自身がスペインにいたから、というのが一番大きな理由ではあるのだが、まあ個人的にもいろいろあったのと、セルタの成績やら勢いやらが僕の気分と同じくらい落ち込んでいたのが最大の原因だ・・・ということにしてみたいと思ったりもする。
 となるとチャンピオンズ・リーグ圏内を確定させたからといっていきなりこの文章を更新することを再開するのはいかにも現金なように見えるのだろうが、まあそれはどう見られようと別にかまわない。とにくもかくにも、チャンピオンズ・リーグである。リーガ・デ・カンペオーネスである。泣く子も黙る欧州最高峰のクラブ・トーナメント。日本のCS衛星放送でさえ巨額の金で買い込むほどのソフト。そこに、予備選からとはいえ、セルタが出る。

 思えば、と僕と同じくらいの年月をかけてこのクラブを見てきた日本に住んでいるセルタファン達も遠い目になることだろう。覚えているはずだ。4年前のあの日、バライードスで呆気なくアトレティコ・マドリーに敗れ、あと1ポイント取ればいい。まず9割方セルタで決まりだ、と言われていたにも関わらず、「ホーム無敗記録」と「クラブ史上初のチャンピオンズ・リーグ出場」という二つの大きなモノを失ったあの日のことを。忘れられないはずだ。エクトル・クーペルが激を飛ばすマジョルカに、横っ面をはたかれて追い詰められてしまったあの37節のことを。「あの時勝っていれば、今頃セルタもだいぶ違っていたはずだ」と思うのは簡単だ。結果論であるとは思うのだが、その後四年間のセルタの戦い振りを見ていると、ああ、やはりあの時のセルタには何かが欠けていたからチャンピオンズ・リーグを逃したのだ、と思うことが多いのもまた事実なわけである。それはちょうど、93年のワールドカップ予選で敗退した日本代表に対する思いとやや趣が似ているとも言えるかもしれない。

 チャンピオンズ・リーグ出場というのはそれだけでUEFAカップで勝ち進むよりも確実に収入が入ってくることを意味する。グループリーグだけで最低6試合が保証されており、それに伴う入場料収入、テレビ放映権料など、付帯的な収入はUEFAカップよりも上だとされている。では、出たからといってセルタの経営が裕福になるのか、というと必ずしもそうとは限らない。場合によっては出たことによってクラブの経営が逼迫する可能性も孕んでいる。まずはスタジアムの整備である。情報インフラ、VIP用のシート、そのVIP達の控え室。報道用スペースの確保、そういったものが基準を満たしていなければUEFAから「改善命令」が出るし、整えるには金がかかる。ひょっとするとそれだけでかなりの金額を使わなければならないかもしれない。同じガリシア地方のクラブ、デポルティーボはなるほど、確かにチャンピオンズ・リーグに連続出場するようになって(元から資金力があったとはいえ)以前よりも格段にチーム力をアップさせることに成功した。それは紛れもない事実ではあるのだが、それは彼らがそれなりのラウンドまで勝ち進んだことによってコンスタントに「稼いだ」結果であることを見落とすとろくでもないことになりかねない。

 出場が決まったとはいってもそれは予備選であり、本戦出場が決まったわけではない。予備選で負けたらそれはそこで終りなのである。まずは予備選をきっちりを勝利し、本戦出場を決めてもらいたいものだが、本戦出場が決まってもそれはそこで解決するわけではない。勝ち進まなければクラブの価値も上がらないし金も入ってこない。金が入ってこなければまた経営が苦しくなる。資金力を上げ、クラブのステータスを上げ、真に強豪の仲間入りをするためにはこのあと4,5シーズンは今の状態をキープする必要性がある。リーグタイトルを獲得するのも必要だろう。チャンピオンズ・リーグ出場というのはそれだけが目標ではない。真の目標や目指すべき場所というのはもっとはるか遠くにあるはずだし、またそうあるべきだ。

 今までのシーズンも厳しいものだっただろうが、セルタは来シーズン、ワンランク上の厳しさを味わうことになるだろう。その時にどのように対応していけるのかでセルタの今後が決まってくる。その厳しさに潰されてしまうか、あるいは乗り越えて壁を越えていけるのか。もちろん我々ファンとしては乗り越えて行くセルタを見てみたいと思っている。クラブ関係者も当然そうだろう。貪欲に上を目指し、勝利を渇望するメンタリティーをクラブ全体が身に付けられるかどうか。来シーズンはそれが問われることになるのではないか。負傷者や退場者が出たとはいえ、最終節にあっさりとバルセローナに負けたセルタを見て、そんなことを思うのだった。
    

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