涙と共にその地獄に落ちていったアトレティコ・マドリーとベティス、そしてセビージャがプリメーラに帰ってくるまでに2年を要した。サルバやダニ、カピやアマト、フアニート。ガジャルドやオリベーラを要するこの3チームでさえ、序盤の躓きや綿密なリーグ日程への準備を少しでも怠ればエイバルやスポルティング・ヒホン、エルチェやコルドバ、レバンテといった「隠れた中堅」に足元をすくわれて昇格の機会を逃してしまう。冷静に考えれば年間を通じて1つのリーグにおいて3位以内をキープし続けるということは並大抵のことではない。まさに「地獄絵図」のごとく、蜘蛛の糸である3位以内という限りなく細い希望の糸を掴むために下から欲望の手が伸びてくる。その中で糸をしっかりと握り続けていなければならないのである。リーガ・エスパニョーラ・セグンダ・ディビシオンAとは、そういうリーグである。
「我々は史上初のチャンピオンズ・リーグを戦うのだ!」
4年前目前で逃したその言葉に対するオマージュであるかのように、セルタ・デ・ビーゴは出場記念Tシャツに4年前のユニフォームと同じ透かしを入れて士気を煽った。スタジアムを改修しないと試合がバライードスで行われないかもしれないという危機が起こっても、ファンと選手達はこれから戦う欧州最高峰のトーナメント戦に心を躍らせてシーズンの開幕を待ち望んだ。
待っていたのは華やかな舞台でも、輝かしい戦績でもなく、ベトナム戦争のような泥沼でしかなかった。UEFAカップしか戦ったことのない彼らに1週間に2試合というスケジュールが2ヶ月も続くこの過密日程は無理があった。同じような状況にあったレアル・ソシエダは、それでも指揮官の巧妙なやりくりによってお茶を濁し、何とか勝ち点を稼いでノックアウト・トーナメントまで駒を進めた。セルタも土壇場のジュゼッペ・メアッツァでミランを破り、ベスト16まで駒を進めるという信じられない離れ業をやってのけた。
自分の国に愛するクラブがやってくる喜びというのは格別なものがあるだろう。レアル・マドリーやボカ、バイエルン・ミュンヘンやユヴェントスのファンはここ数年、そういった喜びを手にすることができた。特にレアル・マドリーのファンは。正直、その体験に羨ましさを感じなかったわけではない。チャンピオンズ・リーグに出場し、そこで戦い続けている以上、我々空色の人々もその体験ができるという夢を持つことができるのだから。
「早く終わってくれ」
いつしかそう思うようになっていた。こんな戦いを続けてモストヴォイやカセレス、ベリッソがシーズンを戦い抜けるわけがない。都合4年間、ほとんど変わることのなかったディフェンス・ラインの老兵と最前線に立ち続ける我らが皇帝は、こんなスケジュールに耐えられるような肉体でないことを我々が一番よく知っている。そして彼らがいないセルタがいかに脆い存在なのかも、この6年間で嫌というほど見てきた。もしもアヤックスの激しいプレッシングに潰されたら?ミランのシステマティックな戦術にかかりイライラを募らせ調子を崩したら?アーセナルの暴力的なタックルで負傷してシーズンを棒に振るようなことになったら?
ヘスーリやエドゥーがコンディションを崩し、尚且つ一手に任せられるほど成熟していない彼らのプレーを知っているだけに、その不安を目の前に突きつけられることは途方もない綱渡りを我々がしていることを教えていた。
そして1月。「私がいなくなることでセルタの悪運が一緒に消えてくれることを祈るだけだ」という言葉を残し、セルタ・デ・ビーゴを史上初のチャンピオンズ・リーグ出場に導いた立役者であるミゲル・アンヘル・ロティーナが辞任した。降格圏ギリギリをさ迷い続けるセルタの次期監督として候補にあがったのは前アラベス監督のホセ・マヌエル・”マネ”、前レアル・マドリー監督のビセンテ・デル・ボスケ、元バルセローナ監督のジョレンス・セラ・フェレール。そして、元アトレティコ・マドリー、元レアル・オビエド、元レアル・マドリー監督という肩書きを持つ、セルビア・モンテネグロ人のラドミール・アンティッチであった。
「私の仕事はセルタを”あるべき場所”に戻すことだ」と就任早々アンティッチは頼もしい言葉を発していた。タイミングがずれていたとはいえ、新戦力としてマウリシオ・ピニージャやサーシャ・イリッチという新たな選手がレンタルで移籍してきており、面子さえ揃えば巻き返せない順位ではない、と誰もが思っていた。ところが・・・。
待っていたのはさらなる迷走だった。後にフアンフランが「あいつは自分がチャンピオンズ・リーグで指揮をとりたいがためにここにきて、俺たちとチームをメチャクチャにしていった。俺たちはあいつに利用されただけなんだ。ビーゴとセルタに敬意のかけらも感じられなかった」と語ったように、降格を避ける戦いというよりもまるでUEFA圏内を守らんがために戦っているチームが如く、終始一貫してアグレッシブな戦い方を選択していたアンティッチのサッカーは当然のように後半にはいると毎試合破綻をきたし、残留のために1つでも多くの勝ち点を略奪しようと血に飢えた獣のように追いすがる下位チームに貴重な勝ち点を分け与え続け、ついには「手におえない」という無責任な一言と共にアンティッチもまたビーゴを去っていった。
2年前にビクトル・フェルナンデスがオラシオ・ゴメス会長と決別しベティスに新天地を求めた後しばらく後任の監督人事が滞っていた時期にもアンティッチ就任の話はあったが、どうせアンティッチのような攻撃的なフットボールを展開する監督を据えるならシーズン前でないと意味がないことくらいオビエドやアトレティコの例を見ればどんな人間にもわかる周知の事実だったはずである。
噂の中では瓦解し始めていたチームはラモン・カルネーロとラファエル・サエスというクラブ生え抜きのコーチを監督に据えることで辛うじて体裁をとどめることができたようだが、リーグ終了まで残りわずかの段階ではもはや遅すぎる選択だったことにしかならない。シーズン中の監督交代で結果が良となるチームは多くはないがそれでも少なくないチームがそれで息を吹き返すことはあった。ただし、それは残留するための手段を徹底的に講じ、リスクの高いギャンブルを犯さず手堅いプレーを選択できるような戦術的理論を持ち合わせている監督、例えばルイス・アラゴネスやマネ、ビセンテ・デル・ボスケのような監督を据えた場合にのみ起こる、極めて限られたケースであることはここ数年のリーガを見ていれば明らかだった。
36節。バライードスで1-0とバルセローナを破り、わずか24時間ではあったが降格圏内を久々に脱したセルタの選手達は喜びのあまり涙を流した。もしかしたら、日本でそのシーンを映像で直に目にした仲間達は「これで残留の希望が見えてきた」と思ったかもしれない。しかし、写真でその様子をいくつか見ると、自分にはそのシーンがアメリカ・ワールドカップ予選で韓国に勝った後涙を流す日本代表の選手達とダブって見えた。その後に起こる所謂「ドーハの悲劇」は、その試合のわずか数日後であった。
37節。開始早々にデポルティーボに先制を許すと立て続けに失点。果てはベリッソが退場し、3-0というバライードスでの大敗に続く大量失点でセルタはほぼ息の根を止められた。エスパニョールが勝たなかったことで辛うじて希望は繋がったが、シーズンを通じて一体感を感じることのできなかった今のセルタに、この状況を打破できる力が残っているとも自分には思えなかった。
38節。バライードスで終了間際に2失点。ロスタイムにハンドロが意地のゴールを決め、そしてエスパニョールはムルシアをモンジュイックの丘で粉砕し、1部残留を決めた。そしてそれは、セルタが12年ぶりに「Infierno」へと堕ちていくことを意味していた。
「リーガはこういうものだ。悲しいが、そのチームに相応しい結果が最後には訪れる」とラモン・カルネーロは試合後に語ったという。
「チームがこういうことになってしまうのは、ただ一つのことが理由というわけじゃない。他の皆と同じく、私にも2年の契約が残っている。クラブがどういう決断を下すかにもよるが、個人的にはクラブがどうするかを待つつもりだ。ただ、クラブが私を売るつもりがないと言うのなら、ここに残り、そしてプレーする」とエドゥーは語った。
「このチームはセグンダにいるようなチームじゃない。再びここに戻って来れるように、ただ全力を尽くすだけだよ」とグスタボ・ロペスは語った。
セルタがマジョルカに敗れる様子を、ベリッソやジョバネーラ、メンデスはピッチの横で見ていた。長くセルタを支え続けた我らが皇帝は、どこでどのように何を感じながらこの試合を見ていたのだろうか。
「クラブの首脳陣がチーム建て直しのために全力を尽くし、可能な限り早く昇格できる体制を整えてくれることを切に願う」というエドゥーの言葉は本心だろう。バライードスのゴール裏で、トリブーナで、リオ・アルトやリオ・バホ、プレフェレンシアで空色の旗を頭からかぶって泣いていた多くのファンの気持ちを彼が代弁してくれた。
「多くのファンに謝りたい。僕の未来は僕の手の中ではなく、セルタの手の中にある。好きに決めてくれていい。ここに残って昇格に全力を尽くす覚悟は既にできている」
フアン・フランシスコ・ガルシア・”フアンフラン”はピッチを後にする時、スタンドのファンに両手を合わせ、泣きながら許しを乞うた後にこう語った。
我々の愛する空色の旗は、どす黒い渦が待ち受ける地獄の中へと落ちて行く。旗を焼き尽くすような意地と欲望の炎が燃え盛る地獄の業火で我々の旗は焼き尽くされてしまうのかもしれない。
フアンフランは泣いた。恐らくジョバネーラも泣いた。セルヒオも泣いただろう。オウビーニャも泣いたかもしれない。
泣く必要はないし、決意表明の言葉も必要はない。もしお前らが本当にそう思っているのなら、9月をまた迎えたときにメンバー表の中にその名前を見せてくれ。堕ちて泣くのは正真正銘の、文字通りの負け犬がやることだ。負け犬のために張り上げる声は持っていない。俺たちがバライードスでお前らの名前と旗の名前を叫んだのは、負け犬になるのを認めないがため、勝利を共に分かち合うため、戦うためにピッチへ飛び出し、果敢にゴールを目指すお前らに「俺たちも一緒に戦っている」と教えたかったからだ。お前らの背中にはいつでも俺たちがついている。いつものように勝利を目指し、最後まで諦めずに戦ってくれれば敗れてもそれは仕方ない。簡単なことじゃないか?グデリもカデーテも今はもういないけれど、やるべきことはあの時と一緒だ。忌々しい白い玉を犬のように追いかけ支配し、いけしゃあしゃあとピッチの端に横たわる鬱陶しい白い線の向こう側に蹴りこんでやればいいだけだ。そう。来年の6月まで、それを飽きるほど繰り返せばいいだけなのだから。
また9月が来ればここから叫んでやるよ。
Coma sempre,ou do sempre.
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