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!!Hala Celta!! edicion Blog
セルタ・デ・ビーゴとリーガ・エスパニョーラ、スペインのことについて書き連ねているブログ。
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Una de las mas lamentables.
2007年08月29日 (水) 12:00 | 編集

 ■El futbol se tine de luto

 「そこにプエルタが!」

 あのUEFAカップ、シャルケ戦で彼が決めたボレーシュートを撃った瞬間にアナウンサーが発した一言。

 同じ言葉を聴くことは、未来永劫できなくなってしまった。

 試合を行うはずだったセビージャが帰国したこと、試合が9月に延期されたこと、第2節の試合ではスペインの全チームが喪章を付けて試合を行い、黙祷を捧げることなどは既に日本でも報道されていてほとんどの人が知っていることだろう。

 彼が心臓に重大な疾患を抱えていたことなどもスポーツナビの記事などで少しずつ明らかになってきている。

 過密日程が問題。

 疾患を見抜けなかったクラブの責任。

 医療スタッフの見落としが原因。

 恐らく挙げ連ねていけばいくらでもいろいろな理由や原因、そして責任が出てくるのだろうけれど、立場を変えて考えてみるとひょっとしたらそんなことはどうでもいいことなのかもしれない。

 「何でもいいから目を覚まして欲しい」

 家族の身からするとこれが本音ではないのだろうか。

 YouTubeなどではスペインのテレビ局LaSexta(ラ・セクスタ)が追っていたのであろう、プエルタがスタジアムから搬送されるシーンまでの一連の動画が流れているのだけれど、スタジアムに観戦に来ていたプエルタの母親が困惑し引きつった表情で、状況を尋ねる記者の質問にも答えられない状態を見ると、プエルタ自身が倒れた原因を知ることなどよりも、大切な家族と再び手を取り合って笑える瞬間を得ることのほうが遥かに重要だっただろうと想像できる。

 新聞やテレビ、ラジオやインターネットなどでは数え切れないほどの追悼のメッセージが溢れているのだけれど、いくら見たところでプエルタが亡くなったという事実は揺るがない事実になってしまっている。

 僕が自分の結婚式でスペインにいた昨年の10月、対スウェーデン戦でプエルタは代表にデビューし、そこそこの評価は得たものの、「ルイスの代表はろくでもない」とこき下ろされていた。恐らく、順調に行けば今年は代表に定着し、懸念だった左サイドバックのポジションを自分のものにしていたかもしれない。
 クラブでも早速UEFAスーパーカップでミランを破り、またしても頂点に達することができたのかもしれない。

 "Cuando la vida de una persona esta en peligro no importa el color ni la rivalidad"
 「一人の人間の命が危険に晒されている状況では、クラブの色やライバル関係など大して重要なものではない」

 プエルタが生死の境をさまよっている最中に出された、ベティスのマヌエル・ルイス・デ・ロペーラ氏のこのコメントは確かに美しい言葉に分類されるべきものだったかもしれないけれど、今となってはただ虚しさだけが残ってしまう。

 サッカーを取り巻く全ての人々が今回の一件を重く受け止めなければならない。


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無題
2007年08月28日 (火) 12:30 | 編集

 ■Fallece el futbolista del Sevilla Antonio Puerta

 一体なぜこういうことが起こってしまうのだろう。

 El Mundoの最新ニュース(現地時間午後16:07)では、アントニオ・プエルタが入院中のビルヘン・デル・ロシオ病院のICUで亡くなったと伝えている。

 決してどこかの誰かの責任ではないのだろうけれど、なぜ何度もこういうことが起こるのだろう。

 僕達は誰かが死ぬところを見たくてスタジアムに足を運ぶわけではない。

 誰かが血を流すところが見たくてスタジアムに足を運ぶわけではない。

 それなのに…。

 やり切れない。やり切れなくて何を言えばいいのかもわからない。

 ただ、サッカーを見ている者、これからもサッカーを見続けていく者として、僕達サッカーファンはプエルタのことを忘れてはならない。

 絶対に。


    

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Estamos en tu lado.Todo el mundo para Puerta.
2007年08月28日 (火) 12:00 | 編集

 ■Puerta, en estado "muy critico"

 「非常に深刻」

 MARCAのトップページではセビージャのアントニオ・プエルタの状態をこう伝えている。

 リーガエスパニョーラは開幕早々、大騒動になっている。メディアプロとアウディオビスアルスポルトとの放映権料を巡るゴタゴタのことではない。
 第1節の前半に突然意識を失い、一度は意識を取り戻し自力で歩いてロッカールームに戻ったものの、ハーフタイムにビルヘン・デル・ロシオ救急病院に搬送されたアントニオ・プエルタのことで試合がテレビで見れるかどうか、それどころではなくなっている。

 スペインの各メディアでは刻一刻と変わる状況をつぶさに伝えようと常にトップニュース扱いになっているが、楽観的な報道は聞こえてこない。

 今現在のMARCAのトップページにアップされている記事では、心肺機能が著しく不全な状態になっており、全く好ましくない予断を許さない状況にあることは変わらないようだ。医学的専門用語が多すぎていまいち正確に日本語にできないのだけれど、心肺停止と蘇生を繰り返しているとも取れる記事もいくつかあった。

 問題のシーンを現地のニュースで見てみたのだけれど、前段階で接触があったかどうかはさておき、全く何の問題もない場面で突然うずくまり意識を失った様子がよくわかる。ドラグディノヴィッチがすぐに気づいて大急ぎでメディカルスタッフと共に気道確保を行ったおかげで一旦は意識を取り戻したとも取れるが、一体何が起こったというのだろう。

 心臓発作であることは報道を見ている限りだと間違いはなさそうで、こういったケースでの心臓発作はほぼ7?8割が死に至っているという報道もある。そうなると、初動の処置が実を結んで何とか助かって欲しいと思うのが人情と言うものだろう。

 スペイン現地のブログや新聞のサイトにアップされているコメントもマドリーでのアトーチェ駅爆破テロにも迫る勢いで伸びており、そのほぼ100%がプエルタの回復を祈るものになっている。

 MARCAのサイトの中には「プエルタの最後のゴールはこれだ」みたいなトンチンカンなコンテンツまでなぜかアップされているのだが、ゴールだのなんだのよりも彼の命が助かるのかどうかのほうがよほど重要で、今はサッカーどころの話ではないだろう。

 恐らく世界中のサッカーファンが思っているだろうけれど、二度とマルク・ヴィヴィアン・フォエの時のようなやるせない悲しみを味わいたくはない。

!!Animo,Puerta!! Esperamos que dios te salva.


    

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La puerta abierta y la puerta de que tenga que abrir(開いた扉と開けねばならぬ扉)
2007年08月26日 (日) 12:00 | 編集

 ■A lo campeon

 リーガ・エスパニョーラ07-08シーズンがプリメーラ、セグンダ共に開幕。
 開幕戦の大一番となったレアル・マドリー対アトレティコのデルビー・マドリレーニョは、ラウールと新加入のオランダ人スナイデルのゴールでマドリーが勝利。

 YOSHI-YOSHIさんのブログでも触れられているように、WOWOWが現地のゴタゴタに巻き込まれて日本での放送がなかったそうではあるけれど、いろいろと手を尽くしてダイジェストだけ見たのだけれど…。

 よくわからん。

 というのが本音。ラウールの1点目はさすがラウールと唸りたくなるゴールではあったが、それはあくまでもゴール前のみの話。その前段階で右サイドのセルヒオ・ラモスに開かれたパスなどは、なぜ詰めないのかと呼び止めたくなるくらい自由にやらせたものだった。最終的にセルヒオ・ラモスをチェックに行かなかったのは一体誰だったのだろう。ペルニーアだったのだろうか。

 スナイデルの2点目も微妙な感じのミドルシュート。グティがFKを中央に流して、走りこんできたスナイデルがエリアの外から撃ったものだったのだけれど、球威は全く無くトロトロと転がっていく何でもない(ように見える)ボール。恐らくあれが決まったのは混戦の中を抜けてきたために、GKのレオ・フランコの反応が遅れたというのが理由だろう。

 アトレティコは開始1分でコーナーキックからアグエロがヘッドで押し込んだもの。蹴ったのは新加入のラウール・ガルシアだったようで、一先ずはチームへの貢献をしたといったところなのだろうか。まあ、負けてしまっては元も子もないのだけれど。

 そんなわけで、プリメーラが開幕し、同日にセグンダも開幕。

 カディス 2-0 グラナダ74
 ヌマンシア 3-0 ラス・パルマス
 エルクレス 2-2 シェレス
 ラシン・デ・フェロール 1-1 エイバル

 昇格組みのグラナダ74は敗北。エルクレスは引き分け。この2チームとセビージャ・アトレティコがどこまでやるのかが今年のセグンダでは一つの楽しみになるだろう。

 日本人にとってみては興味深いのがヌマンシア対ラス・パルマス。仙台の要求する移籍金が高いと開幕前の獲得を諦めたヌマンシアだったが、ラス・パルマスが突然福田健二を獲得。完全移籍で1年契約、今季終了後に1年延長のオプション付きという内容での移籍となった。

 そのラス・パルマスはヌマンシアに3-0で敗戦。福田も前半に途中交代で出場したが、どんな気持ちでプレーしたのか。ヌマンシアファンからはかなり今シーズンの完全移籍に期待を寄せられていただけに、ロス・パハリートスでプレーするのはやりにくかったかもしれない。

 プリメーラ、セグンダ共に今日日曜日に残りの試合が行われる。

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古い街と老人
2007年08月08日 (水) 12:00 | 編集

 ■世界史

 数週間前に部屋を片付けていたところ、受験生時代に使っていた世界史のテキストやノートが出てきた。日本史の年号や人名は大して覚えられなかったのに、なぜか世界史の重要なシーンの年号や人名だけは良く覚えることができたことを思い出して、辛かった(と当時は思っていた)受験勉強のことを懐かしんでいた。

 パラパラとテキストだのノートだのをめくっていると、ちょうど今TOKYO-MXテレビでやっているベルサイユのばらで題材にされている年代のこととか、大航海時代やルネサンス期のことがたくさん載っている。

 その中で、一つの事柄を見つけて、今更ながら「そういえばそうだ」とスペインにいた時の驚きを再び味わった。

 トルデシジャス条約
 リンク先のWikipediaにもあるとおり、1494年、コロンブスがアメリカ大陸に到達して以降激化していたスペインとポルトガルの領土争いを仲介する目的で当時の教皇アレクサンデル6世によって制定された、言ってみれば両国のアメリカ大陸における「境界線」を決めた条約である。

 僕がスペインで住んでいたカスティージャ・イ・レオン州のバリャドリーやサラマンカから週末の試合を見るためにビーゴに行こうとした場合、バリャドリーからだと直行の高速バスで8時間、もしくはメディーナ・デル・カンポというところまでバスで行き、そこからスペイン国鉄RENFE(Red Nacional de los Ferrocarriles Espanoles)で7時間ほどかけるというルート。サラマンカからだと夜中の1時半に出る直行の深夜バスで8時間か、バスで1時間ほどのサモーラという街まで行って、そこからRENFEで7時間ほどかけて行く、というルートの二つがあった。

 バリャドリーからメディーナ・デル・カンポまでバスで行く時に通る寂れたちっぽけな人気の無いしょぼくれた街があった。バス停の近くに少しだけ大き目のバル兼レストランがあって、街中ではあまり人を見かけないような街。
 「ショボイ街だなあ」と毎回通る度に思っていたのだけれど、教会や大聖堂は妙に立派だったことがひどく印象的だった。最初の頃は大体そのあたりで眠ってしまっていたのだけれど、ある時たまたまそこで目を覚ますと、駅の名前が書いてある看板が目に飛び込んできて、その瞬間に僕は卒倒しそうになった。そこには薄汚れた看板に今にも剥げかけそうな感じでこう書いてあったのだ(まあ、大体予想されているだろうけど)。

 「TORDESILLAS」と。

 あまりにも驚いて半分飛び起きた僕を見て、その時たまたま隣に座っていた爺さんが「どうした?降り過ごしたのか?運転手に言えばまだ間に合うぞ」と言ってくれたのだけれど、降りる理由などあるわけがない。だってその街の名前をその瞬間に知ったのだから。
 「そうじゃないけど、ここは”あの”トルデシージャス?」と彼に尋ねると、なんだ知っているのかとばかりに爺さんは大きく頷いて、「そうだよ。地球が生まれてからたった一度だけ有名になって教科書にまで載ったのにこの有様になったトルデシージャスだ」と答えた。

 日本で世界史を勉強している限りでは歴史上の転換点のように表記されている条約が締結された街。それでも、その場へ来てしまえばその条約が締結されたこと自体を誰もが忘れてしまっているのではないかと思うくらい誰も何も感じていないように、そして何事もなくバスも過ぎていくような街。長く続いていく歴史という時間の流れの中では、いろいろなものがこうして人の記憶や時間の中に埋没していくのだなあと、悲しいような感慨深いような、それでいて歴史上の大イベントがあったその場所にしょっちゅう自分が立ち寄っていたことに少しの感動を僕は覚えたのだった。

 …だからどうだというわけではないんだけれど。

 ■スペインの爺さん達

 このエピソードに限らず、僕だけでなくスペインに住んだことのある人やある程度長い間スペインに滞在したことのある人の話の中では恐らく何十人もの「爺さん達」や「婆さん達」、それから「おっさん」と「おばちゃん」が登場する。

 そして、登場した場合はほぼ間違いなくユニークな存在として描かれる。
 先ほどの話に出てきたサモーラという小さな街の駅で電車を待っている時、大体いつも同じ爺さん達が駅のホームでたむろしていた。別に電車を待っているわけではない。何本も電車が停まっては発車するのに、1時間以上彼らはホームで与太話をしているだけ。挙句の果てには「少し歩こう」とか言い出してホームの端から端までを往復するという「散歩」をしてから、またいつもの場所に戻って再度与太話を始めるのである。

 話の内容は千差万別だ。当時のスペイン首相だったホセ・マリーア・アスナールは絶対にオカマだとか、オカマじゃなかったとしてもあいつはクソ野朗だとか、今年のリーガの優勝チームはどう考えてもマドリーで、バルサはクラシコで惨敗するだろうとか。果ては三軒隣に住んでいる誰某の息子がこの前どこそこ(街の名前)の女と結婚したが、どこそこ(街の名前)の女は頭が固くてダメだとか何とか。

 大阪あたりだと「どこにオチがあんねん!」と突っ込まれそうな話を延々と繰り返しているだけで終わりが無い。おまけに僕が自動販売機でジュースを買おうとするとご親切なことにホームの端から「おーい!その自販機は壊れてるぞ!中のバルで買ったほうが冷えてるぞ!」と余計な情報まで教えてくれる。結果的にその自販機は全く正常に作動していて、問題なくジュースは買えたわけだけれど、一体なぜそんなことをわざわざ教えてくれるのかは謎である。しかもホームの端から。

 この件に限らず、大抵の爺婆は親切だ。道を聞くと知りもしないのに適当な道順を教えてくれて人を道に迷わしてくれるし、場合によっては一緒に迷子になったりもしてくれる。

 爺婆関係の話は枚挙に暇がないほどあるので、今後ヒマを見つけて紹介していこうと思う。乞うご期待…する人がいるのかどうか分からないけれど。

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